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それだけの日々

先日、仕事で名古屋に2泊した。
今年は桜の開花が早かったようで、いつもならちょうど見ごろの時期だったそうだが、
宿泊先の窓から見える桜並木はいい加減に葉桜が目立ち、
アテンドしてくれた方曰く、残念でしたねぇ、とのこと。
特別、桜好きというわけでもないけれど、せっかくなので会食の後で散歩がてら夜桜見物をし、
屋台で串カツを買い、同行した秘書に「そういうの似合いますね」と写メを撮られる春宵であった。
いちおう、お願いしてぼくのスマホに写真を送ってもらい、ドロップボックスにアップロードをしておく。
妹とアカウントを共有しているので、どこかで写真を撮ったりすると双方で確認でき、
それがぼくにしたら姪の成長の確認に、妹にすればぼくの安否確認につながっている。
妹が姪の服を作っているようで、なんだかかわいらしい写真がたくさんあるのだけれど、
ぼくが撮る写真はと言えばいつも代わり映えがなく、
パリの自宅の写真はもう飽きてしまっていつも仕事の帰りに寄るお店の店主の写真であったり、
信号待ちの車の車窓からちらりと見えるエッフェル塔であったり(しかも雨粒で姿がおぼろげ)、
部屋の窓から見えるマロニエの木だったり、
雨の日に窓枠の内側で雨宿りをしていたカエルだったり、
姪から来る手紙をしまう宝箱であったり、
そんなつまらないものばかりアップしているので
妹たちももう退屈だろうとほんの少し心苦しさを感じたりもしている。

相変わらず。
何年経とうと、たとえ1000年でも
ぼんやりしていたらあっという間に過ぎるのではないかと思う。
何か思い出していることもあれば、
ただ目の前の風景を見ていることもあり、何にも焦点が合っていないこともある。
そんな人間に小洒落たものを期待する方が間違っているのだ。
仕事をしていなければぼくはただのふぬけなのだから。


さて。
もうすぐ、妹と姪が帰ってくる。
姪がピアノの教室に通っているのだ。
ぼくが先生ならつまらないバイエルなんかではなく
ドクター・フィールグッド(ピアノレッドのほう)の曲なんか教えるかもしれない。
結局、ピアノもギターも、自分で歌えないと弾けないのだから
どうせ歌う(口ずさむ)なら乗れる曲じゃないとつまらないではないか。
・・・などと思いつつ、今日はどんなことを教わったのか聞いてみよう。



                   好きな曲ほどベスト盤には入らない。

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冬の設え

街路樹の鮮やかな日々だというのに
「もう12月」という言葉が何かの流行りみたいに至る所から聞こえてきて
やっぱりこの時期は特別なんだなと思う。
ハロウィンからアドベンドにかけての季節は確かに華やかで
時に一年分の憂さ晴らしにさえ見えるのはただのひがみだろうか。

今年はほとんど日本にいられなかった。
ゴールデンウィークがすぎたら、お盆になったら、お月見の頃には、などと
気持ちの中では仕事に区切りをつけて家に帰りたいと思ってはいたけれど、気が付けばこんな時期だ。
何かの間に合わせみたいで、いっそ帰ってこなければなどと思ってみたり。


姪はもうずいぶん口が達者になった。
妹がいないときにぼくにテレビ電話をかけてくることもあり、
妹の口ぶりそっくりに、ぼくの体を気遣ってくれる。
「あんまりのむとからだにさわるから」なんて
きちんとわかっているとは思えないなぁと思っていたけれど、
それが実は案外そうでもないらしい。


姪:手紙?
ぼく:うん、紙に書くんだよ
姪:こっち(※テレビ電話)だとちゃんと見えるよ
ぼく:うん、でもね。手紙のいいところもあってね
姪:うん
ぼく:鉛筆をもってさ、相手のことを一生懸命考えるんだよ。
今ごろは何してるかなとか、もうお風呂に入ったかな、とか
姪:うん、私も考えますよ
ぼく:そうだね。でも考えたことは全部紙には書けないから、
はみ出しちゃうから、大事なことだけしか書けないでしょ?
姪:うん
ぼく:うん、だから手紙には大事なことだけがいっぱいだから、
嬉しいとか、楽しいとか、書いた人の気持ちがきちんと伝わるんだよ。
姪:うん!

その後、テレビ電話の向こうで鉛筆を持って便箋に向かう姪と何度かやり取りをし、
しばらくしてからぼく宛てのエアメールが来るようになった。
「あまりおさけをのみすぎないでね」と、毎回のように書かれてあるのは
実は妹の入れ知恵ではなかったと知ったのはずいぶん経ってからだった。
そんなわけで、ぼくの寝る前に飲むアルコールの最後の一杯は
ホウレンソウのスムージーになった。
ただ、その最後の一杯がほとんどの場合において、
その日のディナーを兼ねているということは妹には話していない。
きっと妹の気に障ってしまうであろうから。









Holy and Bright

でもやっぱりさぁ、と事務員さんが言う。
何の変哲もないいつもの午後の事だった。

「居ると居ないじゃ大違いよね」

ぼくは気づかなかったけれど、周りが「そりゃそうだ」とガヤガヤしだしたので気づいたのだった。

ぼく:何の話?
事務員さん1:常務の話ですよ
事務員さん2:メールとかテレビ電話があるっていたって、ねぇ?
事務員さん3:ほんと。やっぱりそこにいてくれないと
ぼく:えー。みんなにお小遣いあげましょうか
一同:あははは


自分がそこにいないことで「寂しい」と言われるのは
記憶にある限りでは2回目だ。
最初は恋人の病床で、初めに入院してしばらく顔を合わすことができずに、
4日後に面会に行った日。満月の日だった。
まだ顔色も良かった恋人は、グレーのカーデガンを羽織っていて
面会室でぼくの腕を組んで「寂しかったわ」と耳元で囁いた。
ぼくは寒くないかと聞いた。
恋人はぼくの肩にもたれたまま
「すまない」とぼくも囁くように返事をした。


事務員さん3:パリのクリスマスってどんななんでしょうね
ぼく:あんまり変わらないですよ。シャンゼリゼに電球がたくさんついて、
この時期しか立たない市場みたいなのができてちょっとにぎやかになるくらいで。
事務員さん1:行ってみたいねぇ
事務員さん2:うちの旦那は大学の卒業旅行でパリ行ったんだって
事務員さんたち:へぇ!そういえばうちの旦那は・・・・


・・・と、いつもの調子が続いた。
そんな様子もぼくにはなんだか心地が良かった。


家に帰るとお隣のおばさんと長女さんが来ていて、
ぼくが買ってきたお土産のお礼をと、きなこ餅を持ってきてくれていた。
姪が給仕のように、湯呑をそーっと茶たくに乗せていた。

おばさん:がっちゃんも髪なんか染めちゃって
長女さん:うん、なんか別の人みたい
妹:これ、地毛なのよ。赤いと人にやいのやいの言われるから黒くしてるの。
おばさん&長女さん:えー!
姪:お茶が、入り、ましたよ(←そーっとお茶をみんなの前に出す)

フランスにいると周りが黒髪ばかりではないので気が楽だったりする。
初めのころは月に一度は染めに行ったりしたけれど
美容院の人いわく、ぼくの髪はきれいなイチジクのような色になるから
黒くしてはもったいない、持って生まれたものなのだから
両親も悲しむだろう、と。
それからは染めに行くことは無くなった。
イチジクかどうか知らないけれど、やはり髪は赤くなって、
でもそれをどうこう言われることはなく、そのうちにぼくもそんなことは気にならなくなった。
帰国してしばらくは、うちの事務員さんたちは
「また色気づいてきたよ、この子ってば」とさんざんにからかわれたけれど、
上記のいきさつを話してからはそんなこともぱったりとなくなってしまった。
ただ役目がら、取引先の人と会うことも多いので
はやりそのうちまた黒くしないといけないだろうとは思う。

12月の、クリスマスの空の下。
ただなんでもない日々も、それはきっと
亡くなった恋人と初めて会った日のように、
それが愛だと気付いた日のように、あるいはまた
ぼくに背を向けてベッドの中で泣いていたあの日のように、
名づけるとすれば、これもまた「幸せな日々」なのだろうと思う。
そんな夢見心地さえ、
地球上がただ一つの愛で満たされていくような、こんな季節にはふさわしいような気がしなくもない。













里帰り

生活の拠点をパリに移してもうすぐ10か月になる。
早いなぁ、と思う。
季節の移ろいに気づくことに常に後悔がつきまとうこんな性格では
きっと地球上のどこにいても、どんな仕事をしていても、
あるいは仕事をしていなくたってきっと
ため息をついて時を惜しむくらいしかできないのだろう。
なんだろうなと思うけれど、致し方なし。


パリでは16区という地域で、一人で暮らすには少し広すぎる部屋に住んでいる。
妹や姪が遊びに来ることを想定していたけれど、
夏の終わりごろだったか、妹が「こっちに住もうかなあ」と言い出した時は
ほんの少しだけ、うれしくなったことを覚えている。
ミラボー橋を渡り、ブローニュの森にほど近いところで
少し歩けば凱旋門やエッフェル塔も近い。
観光地とはいえ夕方になればそれ相応に街は落ち着きを取り戻すし
買い物の帰りにセーヌ河岸をぶらぶらと歩いてくるにはちょうど良い距離にマーケットもある。
近くまで行くのにも車で行ってしまうようなぼくはといえば
そんな風景にもとうに飽きてしまっていた。
夏とはいえ、日陰にいれば暑さは気にならず、
家の中では七分袖のカットソーを着ていたくらいだった。
妹は通りで買ったレモネードを飲んでいた。
姪は妹のカメラであちらこちらを激写していた。
そのうちの一枚、ぼくの写真が妹のブログに載ったようで、
「なにこのイケメン」とコメント欄が騒然となったらしい。
ふふふ。ぼくもまだ大丈夫なんだろうか。 ←何が?
そして姪はずいぶんと大人びた様子になった。
ぼくが住んでいるところを「いいところね」と言う。
送った写真を見た妹がそんな風に言ったのだろう。
窓から見えるマロニエの並木道が黄色く色づく少し前の事だった。


夜更けにはアルコールでぼんやりする生活は変わっていない。
周りにいる仲間の顔と、飛び交う言葉が変わったにすぎず、
酔った頭で今頃日本は何時だろう、と考えることもなくなってしまった。
一度、大学の先輩が仕事でパリに来た時に食事をして
別れ際にキスをした。
ぼくたちは恋人同士というわけではないのだろうけれど
でも先輩はうちにいる間中、ずっとぼくの首にしがみついていた。
夕暮れがだいぶ過ぎたあたりだった。
セーヌのほとりにはそんなカップルはよくいるけれども
ぼくらのそれはありふれたロマンチックなものというより
どこか沈痛な、ただ時間が癒してくれることを待つことしかできないときのような、
そんな風だった。
仕事でなにかあったのだろう。生きていればそれだけ多くの毎日があるのだ。


多くの事は、時が過ぎさえすればどうにかなる。
どうにもならない事柄は、それはきっとどうにもしたくないその人の気持ちの問題で
だからずっと、時間が止まることを願うように取り留めもなく
過ぎてしまったどうにもならなことにその身を縛り付けるような身勝手さを
あるいは別の言葉で「祈り」と言ってみたりする。


ぼくは最近、ブランデーをよく飲むようになった。
いっきにおっさん化しているような気がして、なんだか悪い気がしなくもない。
パリに居たとて、日常がとくに変わることはなく
人間はしょせんその程度だと、妙な感慨に浸ったりしている。
そしていまは久しぶりに帰ってきた日本で、こんな風にブログを綴ったりしている。








feel fine

風の強い青空は
その印象とは裏腹に寒がりなこの身にはつらいことこの上もない。
恒例行事のような、春待ちの試練のような一日。
相変わらず、何も変わらず。
それだけがぼくの取り柄ではなかろうか。
何をしていても常に別の事が頭をよぎるのは
単に節操がないだけだ。
恋人が生きていた頃、そういえばこんな春の日に
「あなたの見ている世界は何色あるの?」と聞いてきたことがあった。
ぼくはただすまない気持ちになりながら
止めた車の中で恋人の手を握ったことを思い出した。

自分の何かを切り売りするような生き方は
これは誰しもそうなのだろうか。
ただ春を待つにさえ。










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