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思い出は水彩の絵のような

帰り道。
もうシャッターが閉まっている近所のクリーニング屋さんの前を通る。
冬物のコートを持ってこないとなぁ、と思いながらハンドルを切り、
車載のiPodからはゆるいスウイングが流れている。
そのクリーニング屋のおばさんは、ぼくのことを「社長さん」と呼ぶ。
もう社長ではなくなったいまだに、ぼくのことを「社長さん」と呼ぶ。


今住んでいる家がまだ恩師の持ち家だったころ、
その先生の家に遊びに行ったりすると、先生の奥さんと夕飯の買出しに出かけることがよくあった。
ぼくは運転手で荷物持ちで。
ぼくを息子のように可愛がってくれた先生の奥さんは、
小柄で、いつも姿勢が良くて品があって、
そして何より、とてもきれいな言葉遣いをする人だった。

いつだったか、いつもみたいに夕飯の買出しに一緒に出かけた帰り、
そのクリーニング店に寄ったことがあった。
先生のコートを受け取りに寄ったことを覚えているけれど、
たしか寒い時期だったと思う。
奥さんがクリーニング店のおばさんにぼくを紹介してこんなことを言った。

「この子、会社作ったのよ」

大学卒業を翌年の春に控えて、会社を立ち上げた頃だったのだろう。
恥ずかしいのとほんの少し誇らしいのとで妙な気持ちだったことはよく覚えている。

「へぇ!優秀なのねぇ!」

クリーニング店のおばさんは、それからぼくのことを「社長さん」と呼ぶようになった。
もうずっと、ぼくの顔を見ると「あら、社長さん」と声をかけてくれるようになった。
先生の奥さんが亡くなった後も、先生が息子さんの家に越して行った後も。







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