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息継ぎをするたびに、何か終わってゆくようで

アクセサリはあまり好きではない。
おなかのピアスもほんとは恥ずかしいのだけれど、
「mojo hand」と一緒なのだと自分に言い聞かせて
誰の目にも留まらないようにしてやっと落ち着く感じだったりする。

たった一つだけ持っている指輪は自分で買ったものではない。
恋人がプレゼントしてくれた。
本当はぼくが贈るべきものなのに、結局最後まで贈れずにいた。
息を引き取る瞬間まで握ったあの手にそろいの指輪がなかったことを今でもぼくは後悔しており、
そんなわけで、教会へ行く日曜にだけ
ぼくは唯一持っているその指輪を左手の薬指にはめている。
家の様子や、妹たちやねこの様子や、
会社でどんなことがあってどこに出張に行ったとか、
どんなものを食べてどんな映画を見たとか本を読んだとか、
声にはしない一週間分の報告をするときにだけ、
償うような気持ちで膝の上で組んだ左手の指輪を眺めている。


梅雨入りしてムシムシするとは言え、
なんとなく熱いものが飲みたくなっていつものお店へ行く。
黒いエプロンのマスターが窓際のあいているカウンター席に灰皿を用意してくれる。
何か温かいものを、と注文してたばこに火をつける。
BGMにサティのピアノが流れてて、つい頭の中でメロディをなぞってしまう。
何も考えずに音楽を聞くことはやはりできないなんて思いながら
レモンの浮かぶ温かい紅茶を飲んでいた。
日曜は、死ぬまでこんな感じだろうなと考えてみたらふと思い出した。
そういえば来週はお見合いをしなければいけない。
うちの社長たってのお願いにより、
会うだけ会ってほしい、とのことでランチをご一緒することになっていたことを思い出した。

めんどくさいなぁ。











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