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あるいは雪が降るなら

何一つ思い通りにならなかった。
それどころか、いつもいつも、
わざとぼくの期待とは逆の結果が起こるように仕組まれているようにすら思えた。
そしてそれは、心のどこかで、ぼく自身に原因があるのだと、
きっとぼくのせいなのだとずっと思って生きてきた。

夢を見ることは自分の立ち位置を明確にすること。
うっすらと気づいていた望みのない将来をしっかりと見据えること。
抗ったところで意味のないことはとうに知っていた。
だからぼくは折れずにここまでこれたのだと、なんとなくそんな風に思う。


今日のランチは川沿いのレストラン。
とっても濃い味のベーコンの入ったおいしいカルボナーラを食べた。
食後にコーヒーを飲みながら川岸のずっと向こうに行き交う車や人を見た。
この間までとあまり変わらない風景も、それはそれで秋だったと思う。

もしできることなら、死ぬまでに一度両親の顔を見てみたい。
別に愛おしく思っているわけではないし、
生まれたての子供を道端に捨てるような人間に嫌味のひとつすら言うつもりもなく、
ただぼくは、
自分がどんな人間から生まれてきたのか、ほんの少し興味があるだけなのだ。

テーブルの上の一輪挿しに黄色の花びらをつけた花が二本さしてあって、
そんな姿もなんとなく、どこかさびしげな移ろいのようだと思った。
結局ぼくは、何がどうであってもどうでも良いような、
つまらないことをつらつらと考えながら、ゆっくりと流れる雲を頬杖をついて眺めていた。
せっかくのコーヒーはずいぶん冷めてしまった。
向かいの席に座っている秘書が言う。


秘書:なんか楽しいこと考えてました?


これまでの自分の歩みを全否定するようなことを考えていたとは言えるはずもなく、
ただ「うん」とだけ答えてお店を出たけれど、
そのとき作り笑顔だったことはきっと秘書にはばれているような気がしている。











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