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smorzando

「人の心の中で生きていけるにしても、やっぱり寿命ってあると思うの。」

病床の恋人が息を引き取る1か月くらい前にそんなことを言っていた。
「そうかもな」と、つぶやくように返事をしてぼくは
目を合わせることもなく病室でりんごの皮を剥いていた。

「そんなことがあってたまるか」

心の中ではそう思った。
でも当時、強がることは返って寂しさを助長するだけだったから、
特に自虐的なことについては同意するのがぼくらのルールだった。



真夏日の休日に、名前の知らない鳥が飛ぶ。
昼間に買ってきた花束が目の前のテーブルにあって、
飲みかけのクローネンブルクの瓶が水滴を垂らす。
CDは古いファンクを流し続けて、午後からはずっとアルコールに浸っている感じ。
もうすぐ妹や姪が帰ってくる。
空になったビール瓶の数を見たらきっと妹は怒るだろう。
言い合う気もないけれど、姪はどんな気持ちになるだろう。
妹と一緒になってぼくを叱るくらいならいいけれど、
きっとそばでにこにこしながら、慰めるようにぼくの手を握っているような子だから
ぼくはちょっと心配になる。


「そうかもな」と言ったことは後悔はしていない。
でもあの日からずっと、時折死にそうになるくらいに胸の中が狭くなることがあるのはなぜだろう。











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