スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

最近のこと

嵐のようだったと思う。
この数週間で起きたことを客観的に眺めてみれば、
そしてそれがうちの会社の誰かがやってのけたものであったとしたら
「よく対処できたな、おい」と、
たぶんぼくも声をかけるだろうと思うけれども、
いざその当事者となってみれば
やるべきことを普通にやったまで、と
別に大したことでもないと思うのは謙虚だからではなく、
事の重大さと危機の重なり合いについて
きちんと認識できていなかったらからではないかと思ったりもしている。

つまりは、そういうことがこの2か月間であった。
そして危機は去り、ぼくは相変わらず仕事以外にできることもなく、
何物にも何の期待も興味も持てないまま
心のどこかではただ死に場所を探しているようなそんな日々が主観としてはあっという間と思える速度で、
でも周りの人にはぼくがそのうちバッタリと倒れるのではないかと
多少ハラハラしながらじりじりするような時間だったらしいけれども、
まぁそんなようなことが夏の終わりと秋たけなわなる今頃まで続いていた。

仕事には際限がない。
一つ終わればまた一つが始まり、
正確には別のものが目について区切りをつけることに億劫になり、
そのうち途中だけが永遠に続いていくような、
何をしても満足感を得ることのない不感症に飲み込まれていくだけなのだ。
男とはそういうものだと思うというとうちの事務員さんたちは
「かわいい顔して言うことは古い」と一笑に付す。
「適当に息抜きしてくれないと見てる方の息が詰まる」と言うので、
ぼくはそのくらい切羽つまった感じだったのかと反省すると
秘書が言うには「水を得た魚みたいでした」と言う。
結局、ちょっと大変だったけどもいつも通りだったということなんだろう。

季節の移ろいにすら気づかなかった。
せっかく四季のある国に住んでいるのに、
ぼくの心はどんどん狭く小さくつまらなくなっている。









スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。